想像

久しぶりのブログです。久しぶりにレコードを聴いています。最初はゴタンプロジェクトやジャズクロスオーバーものなどを聞いていて、今はガラッとチャカカーン聴いてます。で、チャカカーンのバラードはやっぱりよかねーと思いました。
声を張り上げてても、楽に声が出てる。脳みその裏側に届くようなファルセットはマライアどころじゃありません。力感がないのが不思議です。洗練されてるんです。歌ってないときの間が、また最高!いいボーカリストは曲中の歌ってない時によさが出るって実感。いいアーティストはいい意味でこちら側に想像を与えてくれます。仕事でもそれを感じます。アイウェアも一緒です。いいデザイナーはユーザー側からのイマジネーションを楽しみに作品を創っていくのです。作り手側がそこをわかってるかどうかは凄い大事なことだと思います。ユーザー側の解釈はある一定までは自由でいいんんじゃないかなーと。今の時代あらゆる事象において、想像を奪おうと機能してるものが多いのに、最近ちょっと不愉快です。友達ともそのことを話してました。ドラマ、ドキュメンタリー、映画、バラエティー、ギャンブルなどの娯楽でも、作り手側がユーザー側の想像力を奪ってる気がします。特にドキュメンタリーなどはリアリティーが大事なのに脚色しすぎるし、その中で使う音楽も悲しむシーンにあえて悲しくなるフレーズをかぶせたりとか、それはどうなんでしょう?そこまで過保護になる必要があるのかなって思います。
 
        想像する力を奪ってどうしたいんでしょうね。
 

投稿者:Kumashiro  2006/11/29 03:17アイウェア