BROのサングラス

マルセイユのXITのデザイナー、ライオネル・ベレット氏とNAO NEDのデザイナー、ジャン・フィリップ氏のコラボレートサングラス「BRO!」。BROTHER!の省略形で「Hey bro,what’s up?」「よう、調子はどうだ?」とかなり親しみのある同士に使われる言葉です。そうbroと言えば、もうずいぶん昔の話ですが、僕が20歳過ぎくらいの時のことを回想してしまいました。当時、よく遊びに行っていた六本木のクラブ「ZERO」。西麻布のイエローやJ トリップバー、328、LQなどのように有名店ではなかったですが、HIP HOP、R&Bの選曲、音響、空間、DJのスキルとセンスは素晴らしく週末どころか平日も通い詰めていたほどでした。お客さんは、ほぼアフリカン・アメリカンの人たちとBro好きなボンテージファッションのお姉さん。お世話になった女性オーナーもボンテージが似合う人でした。ZEROはメジャーなクラブよりも親しみやすく、楽しく、セクシーな場所でした。小沢健二さんとスチャダラパーさんの曲「今夜はブギーバック」。今考えれば、本当にあの曲のあの歌詞の世界のようだったんだと思います。そこで僕らは、よく踊り、よく飲み、僕らの世界を作っていました。そしていつからかお店のさくらのような存在となり、お店の方からサービスをしていただくようになっていったのです。田舎者の学生の僕らは完全にその箱の虜になっていきました。ある日のこと、すっかり常連気分の僕らに、クラブのオーナーから日曜日のお昼から夜にかけて箱貸しのパーティーをして欲しいと頼まれたことがありました。突然の話に主催など未経験の僕は、正直すぐには了承できないと感じていたのですが、クラブの専属DJのアフリカンアメリカンのアイクさんと弟子の日本人DJ レッド君が僕に「Hey bro,Easy as pie!」(とても簡単だよ)と諭しました。そしてその勢いに押され、イベントを受けてしまいました。箱代がいくらかも聞く前に、、、(笑)なんと箱代は20万円でした。それでもバブル末期の六本木だったら安い方だったのかもしれません。しかし初めての主催イベントでの20万円。20万円の箱代の捻出のためには100名の動員が必要でした。まずはフライヤー作り。素人では、まだフライヤーも手描きでしか作れない時代だったため、絵の上手い友人に頼みました。フライヤーが出来上がればSNSもない時代です。ポケベルがちょっと出てきたあの頃です。そう、お客さんに来てもらうためには、手渡ししかありませんでした。興味ありそうな人には、とにかく笑顔で、「遊びに来てください!」とできるだけ多くの人にフライヤーを手渡すしかなかった。未知のイベント、学生には大きな出費の20万円。僕らのbroたちはたった1日のパーティーのために必死になっていきました。駅の構内でラジカセを鳴らし、上手くもない踊りを踊ったこともありました。飛び入りで学祭に出て踊ったこともありました。その必死さが伝わったのか、お店のオーナーやdjも一緒になってアマンド前などでフライヤーを配ってくれました。その時に気づいたことがあります。パーティーとはひとつのピースが少しずつ組み合わされていくことでしか成り立たないこと。熱意とは行動することからしか生まれないこと。そしてもうひとつ感じたことは音楽というものの果てしないちからでした。パーティーは80数名のお客さんに来ていただきました。今でもどういう曲がかかったか覚えているし、その時のみんなの幸せそうな顔が浮かびます。わずか2年くらいで幕を閉じたクラブでしたが、そこでのあらゆる国の人たちとの出逢い。そこからの繋がりでないと知ることも感じることもなかった世界。今でも僕の大切な宝物です。

あの時のみんなを思い出しながら、BROのサングラスをかけてみました。

「Hey bro,what’s up?」

投稿者:Kumashiro  2017/08/17 19:06アイウェア ファッション ライフスタイル 音楽