Deeds,Not Words.

一日に終わりを告げ、ベッドに横たわり目を瞑る。今日の日の出来事が脳の中で処理され映像として浮かんでくる。目まぐるしく浮かんでくる時もあれば、ゆっくりと浮かんでくる時もある。その絵が止まっている時もあれば動いてる時もある。色彩豊かな時もあれば無彩色の時もある。声が聞こえる時もあれば歌が聴こえてくる時もある。そういう心の蠢きある時にも脳の近くには動かない眼鏡の存在があります。無意識につけたままだったり、意識的に必要な状況ゆえにつけていたりする存在。身体とは蜜の仲である衣服。その衣服が覆えない顔に、ひとり、ぽつんと存在している眼鏡。眼鏡は顔という土地にそれぞれのスタイルで建てられた造形物。建築物のように耐震基準はないゆえに基準を満たしていないものも含め「眼鏡」ということを名乗ることが出来ます。身体に近い存在の衣服と眼鏡の違いのひとつに、視力補正、矯正という機能がある。強度の近視、遠視、弱視、斜視の人にとっては身体の一部として視力を補う役目を果たさなければならない。レンズが担う役目も含め、眼鏡は身体のなかにしっかりと入っている。眼鏡は身体だからなのでしょうか。心とのつながりを深く感じることがあります。身体の一部としての機能は進化し続ける眼鏡。テクノロジーの発達により、より良い機能性の眼鏡は市場には増えてきました。一方で軽くてかけ心地が良いのだけれど、耐久性の上で大切なものを削られてしまっているものも数多く存在する。眼鏡業界全体の縮図を客観視すると、なんだか文明社会の負の要素に似ているなと考えてしまいます。時々、お客様が20年も30年もたった眼鏡の調整に来られることがあります。今の眼鏡のように軽量ではないですが、ネジ一本の品質、鎧の強度、メッキ、塗装、溶接などがしっかりと施され、その眼鏡の生き様を眺めるとデザインの優劣抜きに誇らしげなのです。「誇らしさ」はどこから来るのだろうか。僕は真剣に「あなたとともに生きたい。」という、その眼鏡を産んでくれた、すべての関わりのある人たちの結晶だと思います。そして大切な人の飽きない相手であるために、研ぎ澄まされたデザインが必要になってくると思うのです。物言わない眼鏡の生きる矜持を「あなたとともに生きたい」という静かな思いを、お客様にお届けするのがクマシロ眼鏡店としての原点です。まだまだ優れたデザインのアイウェアたちと比べれば足らないところばかりですが、一歩ずつ歩んでいきたいと思います。歩めなくても歩んでいける。空を見上げれなくても空が現れる。風のように流れてゆく眼鏡店でありたい。

大好きなジャズドラマーMAX RoachのアルバムのタイトルDeeds,Not Words.言葉だけではなく、行為を。お店にずっと飾っているのは物言わない眼鏡の生きる矜持とどこか繋がってほしいとの願いをこめて。

今秋も素敵なデザインのアイウェアたちがお店の仲間入りをしました。まだ見ぬ相棒を想像しながら。

投稿者:Kumashiro  2017/09/21 12:49アイウェア ファッション ライフスタイル